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寺院概要

瑞聖寺写真 寺院名 紫雲山 瑞聖寺
住職 古市義伸
宗派 禅宗
本尊仏 釈迦牟尼如来
創立 寛文10年(1670年)
由緒 木庵禅師開山 青木端山居士開基
所在 東京都港区白金台3-2-19
電話 03-3443-5525
ファックス 03-3447-5526

■瑞聖寺 鳥瞰 撮影:川上 明氏

概況

紫雲山瑞聖寺は、東京都港区白金台3−2−19に所在し、宇治萬福寺を本山とする黄檗宗寺院であった。
当寺は、「本山の光景を模擬する所にして、其経営頗る他に異なり、江戸黄檗宗寺院最初創建の伽藍
(『江戸名所図会』)として注目されるものである。

瑞聖寺への交通は、JR東日本山手線を利用すれば便利であり、
目黒駅で下車してから目黒通りを東に歩いて約15分の位置にある。
また、近年地下鉄も開通し、都営三田・南北線白金台駅を利用すれば、駅から徒歩1分である。

瑞聖寺の入口は、現在目黒通りに面しているが、この入口はかつて裏口であり、
表門は区道(補助10号線)に面していた。
入口には目黒通りから少し入った位置に一間一戸、
切妻造・桟瓦葦高麗門形式通用門が立っていたが、旧山門の位置に移築し、ここには新しく門を新築した。
通用門は少なくとも明治18年以前は直接目黒通りに面し、裏門と呼ばれていた。

門を潜って少し歩くと右手に鐘楼および大雄宝殿が見えてくる。
鐘楼は方一間、入母屋造・桟瓦葺であり、明治18年(1885)に建立されたものである。
梵鐘は第ニ次世界大戦中に国に供出したため昭和63年に新しく鋳造されたものが釣られている。
大雄宝殿は桁行三間・梁行四間・裳階付・入母屋造・本瓦葺・東面の大規模な仏殿であり、
宝暦7年(1757)に建立されたものである。

本尊は釈迦如来であり、脇士として阿難・迦葉が安置されている。
また大雄宝殿の南方には寺務所が建ち、北方には民家が建っている。
また大雄宝殿正面北側に布袋間が設けられていた(本尊間北側に移設)が、
これは瑞聖寺布袋尊山手七福神(滝泉寺恵比寿尊、蟠龍寺弁財天、大円寺大黒天、妙円寺福禄寿・寿老人、
瑞聖寺布袋尊、覚林寺毘沙門天)の一つであることから、
布袋信仰が庶民の中で盛んであったことを物語るものであり、現在でも正月には多くの参詣者で賑っている。


沿革

紫雲山瑞聖寺は、本山である黄檗山萬福寺の開山隠元の弟子木庵和尚(萬福寺第ニ世)を開山として、
寛文10年(1670)に創立された。
伽藍青木甲斐守によって寛文10年5月より建立が開始され、
翌11年4月には山門・大殿・方丈・左右大小寮舎が落成し、同年6月15日に木庵を請じて開山とした。
延宝8年(1680)には下谷池端瑞錦袋円の元祖了翁僧都により経蔵が建立され、
唐本の一切経が納められた。また同年冬には僧堂が落成している。

塔頭の竹巌院は、開基青木甲斐守によって天和3年(1683)に開創され、
さらに当寺第ニ世鉄牛和尚によって微笑院、第三世慧極明和尚によって慈光院が建立された。
その後瑞聖寺は再々火災に見舞われた。
文献上から知れる火災は、享保11年(1726)が最初であり、
このとき大殿、山門、方丈、左大寮舎、微笑院を焼失した。
そして享保14年(1729)には大殿の再建に着手し、同17年(1732)に上梁している。
また同16年(1731)に方丈、同18年(1733)に開山堂を再建し、次第に伽藍を復興していった。

しかしながら、第二の火災が延享2年(1745)にあり、
おそらく創建当時の伽藍を完全に復興する以前に羅災し、再び諸堂を焼失したであろう。
延享の火災後、宝暦7年(1757)に仏殿が再建され、明和2年(1765)に天王殿、
同5年(1768)に開山堂、同6年(1769)に鐘楼、 安永2年(1771)に祠堂、
同9年(1780)に斎堂兼庫裏、文化元年(1804)に禅堂がそれぞれ再建され、
文政11年(1828)には、仏殿、天王殿、方丈、禅堂の他に庫裡、惣祠堂、経蔵、鐘楼、
門番所付表門および裏門、諸候方霊屋八宇、鎮守八幡宮などの建物、
あるいは徹笑院、竹巌院、慈光院などの塔頭が整備され、瑞聖寺創立以来再び、
江戸名所図会にみられるような壮大な伽藍景観が形成されたといえよう。
この壮大な伽藍は、それほど長く維持することができず、
安政2年(1855)の大地震、同3年(1856)の大風雨により諸堂が大破し、
おそらく明治維新の大変革期にさらに諸堂を失ったであろう。

明治期の瑞聖寺は、明治10年(1877)の境内絵図面に書かれている大殿、庫裡、霊屋二棟、祠堂、表門、
裏門がかろうじて残ったにすぎず、 その後旧規に復興することもままならず、
わずかに明治18年(1885)に鐘楼が再建されている。
戦後、昭和42年(1967)に庫裡が、新しく寺務所を兼ねて建て替えられ現在の状況に至っている。
また昭和59年(1984)に大雄宝殿東京都有形文化財に指定され、
平成4年8月(1992)に国指定重要文化財し指定され、現在に至っている。