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右の写真は今から約130年前の1872年にスイスのジュネーヴの 近く、アァラウの町のリュエッチ鋳造所の庭に置かれていた日本のお寺の鐘です。
左から品川の品川寺(ほんせんじ)、中央が港区、白金 台の瑞聖寺、そして右の鐘は、芝の増上寺の鐘であったことがそれぞ れの鐘に鋳造されている文字から判明できます。

リュエッチ鋳造所の庭におかれていた3本の鐘
‥‥1872年撮影(リュエッチ鋳造所所蔵の写真)


瑞聖寺の鐘
写真、中央の小さな鐘が今回、所在が明らかになった白金台、瑞聖寺の開山堂(現在は、このお堂はない)で使われていた半鐘です。
この半鐘は、鐘に残されていた文字から、1759年に鋳造されたものとわかりますが、瑞聖寺にはこの鐘についての記録は残っていません。
1958年にスイスの名家ソシュール家より現在のジュネーヴ民俗博物館(Musee d'eth- nographin Geneve)に寄贈された記録が信頼できる最も新しい記録で、それ以前についての記録はなく、特に、この写真にあるほかの2本の鐘と同様にこれらの鐘がどのような経過で遠いスイスまで渡ったのかについては全く判っていません。ジュネーヴ民俗博物館ではこの瑞聖寺の鐘を今まで非公開のまま別館に保管していたこともあり、人目に触れることがなく、その所在が明らかにならないまま今日にいたっていました。
このたび、ジュネーヴ民俗博物館の、ジェローム・デュコール(Jerome Ducor)東洋部部長の御尽力があり、瑞聖寺、古市義伸住職がジュネーヴの同博物館を訪ね、同館にある日本展示室に公開されることになって、日の目を見ることとなったのです。このジュネーヴ民俗博物館にある瑞聖寺の半鐘には次の文字が鋳造、刻まれています。


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